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奈良地方裁判所 平成9年(行ウ)13号 判決 1999年4月21日

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別紙当事者目録記載のとおり

主文

一1  原告津田忠德の訴えのうち、被告が平成八年二月二八日付けでした同原告の平成四年分所得税についての納付すべき税額一二六万〇三〇〇円を超えない部分の更正の取消しを求める部分を却下する。

2  同原告のその余の請求を棄却する。

二1  原告津田千代の訴えのうち、被告が平成八年二月二八日付けでした同原告の平成四年分所得税についての納付すべき税額一六二万一五〇〇円を超えない部分の更正の取消しを求める部分を却下する。

2  同原告のその余の請求を棄却する。

三  原告平井守人、同津田厚生、同津田紀生、同津田哲、同津田直哉、同津田和子、及び同博の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

原告津田忠德(以下「原告忠德」という)、同平井守人(以下「原告平井」という)、同津田紀生(以下「原告紀生」という)、及び同津田千代(以下「原告千代」という)の平成四年分所得税について、被告が平成八年二月二八日付けでした各更正及び各過少申告加算税賦課決定、原告津田厚生(以下「原告厚生」という)、同津田哲(以下「原告哲」という)、同津田直哉(以下「原告直哉」という)、同津田和子(以下「原告和子」という)及び同津田博(以下「原告博」という)の平成四年分所得税について、被告が同日付けでした各決定及び各無申告加算税賦課決定(以上の各処分を以下「本件各処分」という)をいずれも取り消す。

二  請求の趣旨に対する答弁

(本案前の答弁)

原告忠德、同平井、同紀生及び同千代の平成四年分所得税について、被告が平成八年二月二八日付けでした各更正の取消しを求める訴えのうち、確定申告額を超えない部分の取消しを求める訴えを却下する。

(本案の答弁)

1 原告らのその余の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

第二事案の概要

一  原告忠德、同平井、同紀生及び同千代は、平成四年分所得税について、確定申告をし、その余の原告らは無申告であったところ、被告は、原告らが交換により他者に譲渡した土地につき、譲渡所得の対象となるとして、更正又は決定をした。本件は右更正及びこれに伴う過少申告加算税の賦課決定、右決定及びこれに伴う無申告加算税の賦課決定の取消訴訟である。

二  争いのない事実等

1  原告らは、昭和五九年一二月二三日、株式会社奈良日日新聞社(以下「奈良日日新聞社」という)との間で、次の事項を内容とする共同施工協定を締結した。

(一) 奈良日日新聞社が奈良市学園中三丁目地区において計画する宅地造成について、原告らが協力する。

(二) 原告らが所有する別表1の「交換譲渡土地」欄記載の各土地(以下「本件譲渡土地」という)について、奈良日日新聞社が宅地造成することを原告らは承諾する。

(三) 前項に伴う条件として、その減少率及び原告らが造成終了後受けとる土地の位置については協議の上、後日決定する。

2  産双ホーム株式会社及び富士地所株式会社(以下、これらを併せて「相手法人」という)は、昭和五九年一二月二五日、右協定書に基づく奈良日日新聞社の地位を承継した。

3  原告らは、相手法人との間で、昭和五九年一二月二三日付け共同施工協定書に基づき、本件譲渡土地と相手法人が所有する別表1の「交換取得土地」欄記載の土地(以下「本件取得土地」という)とを交換することを約し、右各土地につき、平成四年四月九日付け交換(以下「本件交換」という)を原因として同月二七日付けで各所有権移転登記が経由された。

4  本件譲渡土地は、原告らが昭和二七年一二月三一日以前から引き続き所有していた固定資産である。

相手法人は、不動産業を営む法人で、本件取得土地を含めた一団の土地を分譲目的で宅地造成し、「クレストタウン学園前」の名称で販売したものであり、本件取得土地は、相手法人にとって、たな卸資産である。

5  被告は、所得税基本通達三三―六の七(以下「本件通達」という)、に基づき、本件取得土地の譲渡所得の収入金額を、本件取得土地の宅地造成費相当額である別表2の「収入金額」欄記載のとおりとし、本件取得土地の譲渡所得の取得費を、収入金額の一〇〇分の五相当額である別表2の「取得費」欄記載のとおりであるとして本件各処分をした。

6  原告らの平成四年分の所得税についての確定申告、本件処分等の経過は、別表3―1ないし9のとおりである。

平成四年分所得税について、原告忠德及び同千代は青色申告、同紀生及び同平井はいわゆる白色申告をし、その余の原告らは無申告であったところ、原告忠德、同千代及び同紀生はいずれも、確定申告書に譲渡所得の金額を記載しないで申告し、同平井は、確定申告書の「分離課税の所得金額」欄の「長期譲渡」欄に「○」と記載して申告した。

7  本件各処分の更正又は決定通知書には、処分の理由として、「あなたが平成四年四月二七日、相手法人に対し交換により譲渡した土地については譲渡所得の対象となります。この場合の譲渡価額は相手法人から取得した宅地の面積(〇〇平方メートル)に係る造成費相当額(一平方メートルあたり三万三五五一円)となり、あなたの場合〇〇円となります。この額から概算取得費(五パーセント相当額)と特別控除額(一〇〇万円)を差し引いた〇〇円が分離長期譲渡所得の金額となります。」と記載されている。

三  争点

1  確定申告額を超えない部分の取消しを求める訴えの適否

2  更正通知書における理由附記に不備があって違法か

3  本件交換による譲渡には、所得税法(以下「法」という)五八条(交換の特例)が適用されるか

4  本件通達に基づく課税処分が租税法律主義に反するか

四  争点に対する各当事者の主張

1  争点1(訴えの適否)について

(原告らの主張)

更正処分が取り消されたときには、申告がなかった状態になるわけではなく、申告があって更正がない状態に復帰するだけである。

(被告の主張)

確定申告により確定した納付すべき税額については、納税者自身が納税義務を確定させたものであって(国税通則法一六条参照)処分によるものではないから、右確定額については、原則としてこれを争う訴えの利益はない。

2  争点2(更正通知書の理由附記)について

(被告の主張)

青色申告書以外の申告書(いわゆる白色申告書)に係る所得税の更正処分をした場合の更正通知書の記載事項を定めた法一五四条一項、二項、国税通則法二八条二項、三項には、更正の理由につき何らの定めがなく、法一五五条二項は、青色申告について更正処分をする場合の更正通知書に更正の理由を附記すべき旨を定めている。

このような規定の仕方からすると、白色申告について更正処分をする場合の更正通知書には、更正の理由を附記する必要はない。

また、法が、前記のとおり、白色申告と青色申告とで更正通知書の理由附記につき、取扱上の差異を認めているのは、法が青色申告書提出承認のあった所得について更正をする場合には、その具体的根拠を明確にする必要があるとしたからである。してみれば、右理由の附記は、法定の帳簿書類の記載に基づいて計上されるところの青色申告承認のあった所得について更正のあった場合に限られるのは当然である(最高裁昭和四二年九月一二日第三小法廷判決)。

本件は、青色申告書提出承認のあった所得の計算に関するものでないから、更正処分通知書に理由の附記を要しない。

(原告らの主張)

更正処分通知書には、一応処分理由が記載されているものの、根拠条文、所得税法五八条が適用されない理由、造成相当額の算出根拠がいずれも記載されていない点で、違法である。

3  争点3(法五八条の適用の可否)について

(被告の主張)

(一) 法五八条一項の適用要件を要約すると、<1>交換譲渡資産及び交換取得資産のいずれも土地、建物等の固定資産であり、かつ、種類を同じくする資産の交換であること、<2>交換による譲渡資産又は取得資産は、それぞれ交換のために取得したものではなく、かつ、一年以上所有していたものであること、<3>交換で取得した資産を、譲渡した資産の譲渡直前の用途に供することである。

本件交換は、右のいずれの要件も満たさないから、法五八条一項の適用はない。

(1) 要件<1>について

法五八条一項は「他の者が一年以上有していた固定資産」と明記しており、法三三条一項、二項は、たな卸資産の譲渡を譲渡所得に含まれないものとして規定している。相手法人は、本件譲渡土地を含めた一団の土地を「クレストタウン学園前」の名称で分譲する目的で、原告らとの間の共同施工協定書(以下「協定書」という)に基づき、原告ら所有の山林等を相手法人の費用負担で宅地造成した後、原告らから本件譲渡土地を取得し、その譲渡土地の一部を原告らに交換資産として譲渡したものであり、相手法人の決算書においても、本件取得土地はそれぞれたな卸資産として計上されている。

そうすると、本件取得土地は、たな卸資産に該当するから、要件<1>は満たされていない。

(2) 要件<2>について

前記のとおり、原告らは、協定書において、相手法人が原告らの所有土地を造成し、その造成後の宅地の一部を返還することをあらかじめ取り決めていたのだから、相手法人にとって本件取得資産は交換のために取得したものと認められることになる。

したがって、要件<2>は満たされていない。

(3) 要件<3>について

交換取得資産を、交換譲渡資産の譲渡直前の用途と同じ用途に供したかどうかの判定は、土地にあっては、宅地、田畑、鉱泉地、池沼、山林、牧場又は原野等の区分により行うものとされている(所得税基本通達五八―六)。

これを本件についてみると、原告らの本件譲渡土地は、譲渡前に相手法人により造成され宅地となっていることから、形式的には譲渡直前に宅地であった土地を宅地と交換譲渡したことになる。しかし、本件取得土地は、本件譲渡土地の造成前の山林時価に見合うものであるから、原告らは、本件譲渡土地を実質的には山林と評価して譲渡したものといえる。したがって、実質的にみれば、交換譲渡した土地の譲渡直前の区分は山林とすべきであり、原告らは山林の用途に供していた土地を交換後、宅地として利用したものといえる。

したがって、交換取得資産と交換譲渡資産を同じ用途に供したとは認められず、要件<3>は満たされていない。

(二) 譲渡所得の本質は、保有資産の値上がりによる価値の増加益(キャピタル・ゲイン)であるから、譲渡所得それ自体は右増加によって発生するが、譲渡所得に対する課税は、徴税技術の視点をも考慮して、資産が保有者の支配を離れて他人に移転するのを機会に、その保有期間中の資産の値上がりにより、その保有者に帰属する増加益を清算して課税することとしている。そして、法三三条一項にいう「資産の譲渡」とは、有償無償を問わず譲渡性のある一切の行為を指すとみるべきである。交換は譲渡の一形態であり、二つの売買契約を単一化した契約とみることができるから、資産を時価で譲渡し、資産を時価で取得したとみれば、増加益に対して課税するのが原則である。

これに対し、法五八条は、例外的に、同一種で近似した価額の固定資産を交換し、これによる取得資産を譲渡資産の交換直前の用途に供した場合には、同一の資産を継続して保有しているのと同視できるから、本来は交換によってその譲渡資産が他に移転する機会に行うべきその値上がり益に対する課税を繰り延べることとしているのである。このように、法五八条は原則に対する例外規定であるから、その適用に当たっては、厳格に解釈すべきであり、明示の要件を充足する場合に限って課税の繰延べを認めるべきである。

(三) 所得税法は実質課税を原則とし、客観的な事実に基づいて課税するのを建前としていることからすると、私人間で、特定の不動産の交換契約が締結されたときに、これについて固定資産の交換の場合の譲渡所得の特例を認める同法五八条一、二項が適用されるかどうかは、客観的に同条項に定める要件に該当する事実があるかどうかによって決せられるものであり、契約当事者の主観的事情によりその適用の是非が決せられるものではないと解すべきである(名古屋高裁金沢支部平成六年一〇月五日判決)。

(原告らの主張)

本件交換には、次の理由で、法五八条一項の適用を認めるべきであり、この場合、法五八条一項の「他の者が一年以上有していた固定資産」の要件は、交換の相手方にとって固定資産であることを意味するものではなく、譲渡所得の課税の有無が問われている譲渡人にとって、交換取得土地が固定資産であることを意味するものと解すべきである。

(一) 交換によって、その前後における資産の保有状況に変化が認められない場合には、キャピタル・ゲインが含み資産として抽象的には認められうるとしても、これが現実化したわけではなく、このような場合に課税されるとなれば、納税者は、他で納税に当てるべき当座資産を調達しなければならなくなるから、交換の場合に担税力を認めることはできない。

(二) 本件通達は、宅地造成契約に基づく土地の交換等について、固定資産とたな卸資産との交換の場合であっても、等面積の範囲内において譲渡はなかったものと取り扱うこととし、このような場合の担税力を否定している。

(三) 税務調査会は「政策的な見地から交換ないし買い替えの特例を認める場合には、その政策意図に即応するようその種類及び用途の範囲を弾力的に定めることが望ましい。」(昭和三九年税務調査会答申)としており、転換ないし仮装事例にみられるような濫用事例を同条適用の範囲外としているものと解される。

(四) 交換取得土地が交換の相手方にとってたな卸資産に該当するか否かは、譲渡人の担税力の有無、程度には何ら関係がなく、相手方の所有目的、使用計画等相手方の主観もしくは内部事情に関わる事柄であって、譲渡人において、的確に判定することは困難である。

4  争点4(通達に基づく課税)について

(被告の主張)

本件通達は、宅地造成契約に基づく土地の交換等に係る法三三条一項及び三六条一項、二項の解釈適用として是認すべきである(大阪高判昭和六〇年二月二七日判決)。

本件通達は、本件譲渡土地の全部について譲渡があったものとして課税することも考えられるものを、取引の実態等を考慮して、本件交換により面積が減少した部分についてのみ譲渡があったものとして課税する取扱いを定めたものであるところ、右のような解釈適用が許されないとすれば、原告らは、本件交換に係る課税について、かえって不利益を被ることとなるのであるから、原告らの右主張は失当である。

(原告らの主張)

(一) 本件処分は、本件通達に基づくものであるが、そもそも、通達は、上級行政庁の下級行政庁に対する命令ないし指令にすぎず、行政組織の内部では拘束力を持つが、国民に対して拘束力を持つ法規ではない(最高裁昭和三八年一二月二四日判決)。

(二) 法三三条の文言は、「譲渡所得とは、資産の譲渡(建物又は構築物の所有を目的とする地上権又は賃借権の設定その他契約により他人に土地を長期間使用させる行為で政令で定めるものを含む。以下この条において同じ。)による所得をいう。」というものであり、右文言のみから、解釈により本件通達の詳細な内容を導き出すことは不可能である。

したがって、本件通達を所得税法の文言の解釈にすぎないものとみることはできない。

(三) 租税法律主義の下、租税の種類ないし課税の根拠のみならず、納税義務者、課税物件、課税標準、税率等の課税要件並びに租税徴収の方法などを法律によって定むべきことが要求される(大阪高裁昭和四八年一〇月一一日判決)。

本件通達は、<1>本来、譲渡所得税の課税対象となっている宅地造成契約に基づく土地の交換等について、換地部分は譲渡がなかったものと取り扱う旨規定し、所得税法の規定と異なる課税対象範囲を定めている点、<2>減歩部分の譲渡所得の収入金額の算定方法を規定し、所得税法に規定のない課税要件を定めている点で租税法律主義に反する。

五  証拠

本件記録中の書証目録の記載を引用する。

第三当裁判所の判断

一  争点1(訴えの適否)について

原告忠德、同千代に対する更正のうち、原告忠德の納付すべき税額一二六万〇三〇〇円を超えない部分及び原告千代の納付すべき税額一六二万一五〇〇円を超えない部分については、同原告らが本件においていずれもこれを争っていないことが明らかであるから、当該超えない部分についての更正の取消しを求めることは訴えの利益を欠くものである。したがって、同原告らの訴えのうち、当該超えない部分についての更正の取消しを求める部分は、不適法として却下を免れない。

二  争点2(更正通知書の理由附記)について

1  前記争いのない事実等及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。

(一) 平成四年分の所得税について、原告忠德及び同千代は青色申告、原告紀生、同平井はいわゆる白色申告をしたが、いずれも、確定申告書に譲渡所得の金額を記載せず、原告平井は、確定申告書の「分離課税の所得金額」欄の「長期譲渡」欄に「○」と記載して白色申告をした。

(二) 本件各処分の更正通知書には、処分の理由として、本件交換により譲渡した土地については、譲渡所得の対象となり、その譲渡価額は、本件取得土地に係る一平方メートル当たり三万三五五一円の造成費相当額であり、この額から概算取得費(五パーセント相当額)と特別控除額(一〇〇万円)を差し引いた金額が分離長期譲渡所得の金額となる旨記載されている。

2  一般に行政庁が不利益処分をするに当たっては、処分庁の判断の慎重・合理性を担保してその恣意を抑制するとともに、処分の理由を相手方に知らせて不服申立てに便宜を与えるために、理由を提示すべきことが要求されている(行政手続法一四条)。そして、法一五四条二項は、更正通知書に課税標準、増差税額、所得金額等又は純損失の金額等について所得税法二条一項二一号に規定する各種所得別の内訳金額を附記すべき旨を定め、法一五五条二項は、青色申告について、更正通知書に理由を附記すべき旨を定めている。

青色申告については、納税者に対して、一定の帳簿書類の備付け及び保存の義務が課せられる(法一四八条)反面として、所得金額等の更正は、帳簿書類の調査により金額の計算に誤りがあることが判明した場合に限るものとし(法一五五条一項)、その更正通知書に更正の理由を附記しなければならない(同条二項)ものと規定されていて、白色申告と取扱を異にしている。これは、法が青色申告書提出の承認があった所得については、その計算を法定の帳簿書類に基づいて行わせ、その帳簿書類に基づく実額調査によらないで更正されることのないよう保証している関係上、その更正に当たっては、特にそれが帳簿書類に基づいていること、あるいは帳簿書類の記載を否定できるほどの信ぴょう力のある資料によったという処分の具体的根拠を明確にする必要があり、かつ、それが妥当であるとしたためである。したがって、右理由の附記は、法定の帳簿書類の記載に基づいて計上されるところの青色申告書提出の承認があった所得について更正のあった場合に限られ、青色申告に対する更正であっても、それ以外の部分に関する場合には、白色申告に対する更正と同様に処理されれば足りるものである(最高裁昭和四二年九月一二日判決参照)。

これを本件についてみると、原告忠德及び同千代は青色申告をしているけれども、本件は、青色申告書提出の承認があった所得について更正のあった場合ではなく、また、本件更正の理由は、法五八条の適用の可否をめぐる法的な見解の相違によるものであるから、前述した程度の理由の附記で、更正の理由となった具体的な事実の明示としては欠けるところはない。この点は、いわゆる白色申告をした原告紀生、同平井や申告をしなかったその余の原告らについても同様である。

3  結局、本件各更正通知書の理由附記に不備があったということはできない。

三  争点3(法五八条の適用の可否)について

1  法五八条は、その文言上、交換譲渡資産及び交換取得資産とも、それぞれの所有者が「一年以上有していた固定資産」であることを適用要件としている。これを本件についてみると、本件取得資産が相手法人のたな卸資産であることは当事者間に争いがなく、固定資産であるとは認められないから、法五八条の適用要件を満たさない。

2  この点、原告らは、本件交換の場合に担税力を認めることはできないことを主たる理由として、法五八条が適用されるべきである旨主張し、村井正教授は、交換の前後における資産の保有状況に変化の認められない本件交換のような場合には担税力があるとはいえず、法五八条が固定資産間の交換に限定し、たな卸資産を交換の対象から除外している立法理由は必ずしも判然とせず、交換取得資産がたな卸資産であっても、資産の保有関係に実質的変化が認められず、交換の特例について転換ないしは仮装を目的とする等の濫用事例にあたらない限り、譲渡資産、取得資産ともに同一の資産にあたるものと解して、法五八条を適用すべきである(甲六、八)旨記載した意見書を提出しているので、以下検討する。

(一) 譲渡所得に対する課税(法三三条一項)は、資産の値上がりによりその資産の所有者に帰属する増加益(キャピタル・ゲイン)を所得として、その資産が所有者の支配を離れて他に移転するのを機会に、これを清算して課税する趣旨であり(最高裁昭和四三年一〇月三一日第一小法廷判決等)、無償譲渡の場合においても、右の意味での一定期間における資産の値上がりによる増加益の実現を肯定することができるものとして、その担税力が肯定され、さらに、相続等増加益が未だ未実現の場合においても、一定要件の下、みなし譲渡所得としての課税が肯定されている(法五九条一項)。

もっとも、長期譲渡所得については、長期間にわたり発生した所得が一時に顕在化する点で、その担税力は他の所得と比較して劣るため、半額課税の特例を認めており(法二二条二項二号)、たな卸資産の譲渡その他営利を目的として継続的に行われる資産の譲渡による所得は、譲渡所得から除外され(法三三条二項一号)、事業所得又は雑所得としての課税がなされている。

そして、譲渡所得に関する交換の特例(法五八条一項)は、<1>交換譲渡資産と交換取得資産は同種の固定資産であること、<2>交換譲渡資産と交換取得資産は、それぞれの所有者がいずれも一年以上所有していた固定資産であること、<3>相手方の固定資産は、交換のために取得したものでないこと、<4>交換譲渡資産の時価と交換取得資産の時価の差額は、これらの時価のうち多い方の金額の二〇パーセント以内であること、<5>交換取得資産を交換譲渡資産の交換直前の用途と同一の用途に供することを適用要件としている。その趣旨は、居住者が、一年以上所有していた土地や建物などの固定資産を、これと同じ種類の資産と交換して、その交換で取得した資産を前と同じ用途に使用した場合には、実質的には同一の資産が継続して保有されているとみられるので、所得が発生したという観念が乏しく、これに課税するには担税力の点に問題があることから、一定の条件にあてはまる交換によって譲渡した資産については、その譲渡がなかったものとみなし、キャピタル・ゲインに対する課税を繰り延べることとしているものである(村井教授は課税除外ないしは非課税の措置というが、譲渡資産のうち譲渡がなかったとみなされる部分の譲渡益は、将来において、その交換取得資産を譲渡した場合の譲渡所得の取得費の計算等を通じて課税されることになる点で、課税の繰延べということができる)。

法五八条一項は、前述のとおり、同一の資産が継続して保有されているとみられる場合に課税の繰延べを認め、同法の適用と非適用の区別を明確にするため、資産の同一性について厳格な要件を定めているものである。

(二) 原告らは「他の者が一年以上有していた固定資産」の意義につき、譲渡人にとって固定資産であることを意味すると解釈すべきである旨主張するが、そのような解釈は明らかに法五八条一項の文理に反するもので採用し難い。前述のように法五八条は資産の同一性について厳格な要件を定めているところ、法律解釈に当たって、合目的な解釈が可能であるとしても、明らかに文言に反するような解釈をすることは、租税法律主義に反することになる。原告らの主張は立法論であるといわざるを得ない。

(三) また、原告らは、交換取得土地が交換の相手方にとってたな卸資産に該当するか否かの的確な判定が困難である旨主張するが、納税義務の内容は、法定された客観的な要件に該当するか否かによって定まるものであって、納税者の主観的な判断がその内容を左右するものではない。

3  以上の次第で、その余の適用要件について検討するまでもなく、本件交換に法五八条を適用すべきである旨の原告らの主張は理由がない。

四  争点4(通達に基づく課税)について

本件通達は、宅地造成契約に基づく土地の交換があった場合の課税上の取扱いにつき、従前の土地所有者が、一団の土地の区画形質の変更に関する事業の施行のために、その所有する土地を宅地造成業者に移転し、その事業完了後に区画形質の変更が行われたその区域内の土地の一部を取得する場合には、その従前の土地所有者が所有する土地とその取得する土地との位置が異なるときであっても、その土地の移動がその事業の施行上必要最小限の範囲内のものであると認められるときは、その従前の土地所有者の所有する土地のうちその取得する土地の面積に相当する部分の譲渡がなかったものとして取り扱うこととし、この場合において、その譲渡する土地の譲渡所得の収入金額は、取得した換地の区画形質の変更に要する費用の額に相当する金額による旨定めている。

その趣旨は、実際問題として、土地所有者間においては、交換に伴い土地を譲渡したという認識はなく、これによりキャピタル・ゲインが実現し、課税適状になったとすることについて納税者の理解が得られないこと、経済実態として、土地所有者相互間における相隣関係の問題として、単に土地の境界線を整理しただけのことであって、これにより土地の所有権の実体には何ら変化がなかったと考えるのが常識的な解決ではないかと思われることから、前記のとおり、一定の要件を満たす土地の交換につき、キャピタル・ゲインについての課税を行わないこととしたものである(法人税基本通達二―一―二〇の趣旨参照)。

右通達は、国税庁が下級行政庁に対して、法三三条の譲渡所得課税についての解釈運用の基準を示したものであり、そのような基準を示すこと自体が違法となるものではない上、譲渡の機会を捉えて資産の増加益が一挙に実現したものとして課税することとしている譲渡所得課税について、前記のとおりの趣旨で合理的な限定を加えるものであって、納税者にとっても利益なものであるから、右通達による課税が租税法律主義に反するものとは認められない。

五  以上を前提とすると、原告らが相手法人との間で、別表1記載のとおり、本件譲渡土地と本件取得土地とを交換したことについては、法五八条一項の適用はなく、譲渡所得課税がなされるべきところ、本件譲渡土地の譲渡所得の収入金額は、本件通達により、本件取得土地の宅地造成費相当額である別表2の「収入金額」記載のとおりであり、租税特別措置法(平成七年法律第五五条による改正前のもの)三一条の四第一項により、収入金額の一〇〇分の五に相当する額である別表2の「取得費」欄記載のとおりであり、同法三一条四項により、各一〇〇万円の特別控除をすると、譲渡所得の金額は別表2のとおりとなり、配当控除、源泉徴収税額を考慮した原告らの納付すべき税額は、別表3―1ないし9の各「更正及び過小申告加算税」又は「決定及び無申告加算税」欄記載のとおりとなる(同法三一条一項)。

右金額は、いずれも本件各更正又は決定と同額であるから、本件各更正又は決定は適法であり、これに伴う過小申告加算税又は無申告加算税の各賦課決定も適法である。

六  よって、原告忠德、同千代の訴えのうち、一記載の不適法部分を却下し、原告らのその余の請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法六一条、六五条を適用して、主文のとおり判決する。

(平成一一年三月一七日口頭弁論終結)

(裁判長裁判官 前川鉄郎 裁判官 川谷道郎 裁判官田口治美は、転補につき、署名押印することができない。裁判長裁判官 前川鉄郎)

当事者目録

奈良市学園中一丁目一一三一番地の一

原告 津田忠德

奈良市中町二一六一番地の一

原告 平井守人

奈良市学園南三丁目一三番二三号

原告 津田厚生

奈良市学園中一丁目一一六五番地

原告 津田紀生

右同所

原告 津田千代

奈良市学園大和町一丁目二五九番地

原告 津田哲

右法定代理人親権者父 津田博

右法定代理人親権者母 津田和子

右同所

原告 津田直哉

右同所

原告 津田和子

右同所

原告 津田博

右原告ら訴訟代理人弁護士 木村保男

同 川村俊雄

同 飯島奈絵

同 的場悠紀

同 中井康之

同 福田健次

同 青海利之

同 林邦彦

同 大川治

奈良市登大路町八一番地

被告 奈良税務署長 田里眸

右指定代理人 山崎敬二

同 長田義博

同 谷川利明

同 臼本進治

同 今辻義嗣

同 植野寿二

同 原田久

別表1

交換土地の明細表

<省略>

別表2

譲渡所得金額の計算書

<省略>

別表3-1

原告津田忠德の平成4年分の所得税の課税の経緯及びその内容

<省略>

別表3-2

原告平井守人の平成4年分の所得税の課税の経緯及びその内容

<省略>

別表3-3

原告津田厚生の平成4年分の所得税の課税の経緯及びその内容

<省略>

別表3-4

原告津田紀生の平成4年分の所得税の課税の経緯及びその内容

<省略>

別表3-5

原告津田千代の平成4年分の所得税の課税の経緯及びその内容

<省略>

別表3-6

原告津田哲の平成4年分の所得税の課税の経緯及びその内容

<省略>

別表3-7

原告津田直哉の平成4年分の所得税の課税の経緯及びその内容

<省略>

別表3-8

原告津田和子の平成4年分の所得税の課税の経緯及びその内容

<省略>

別表3-9

原告津田博の平成4年分の所得税の課税の経緯及びその内容

<省略>

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